【前回までのカウンセリング内容】
1歳の子どもがいる女性が、夫からのDV被害に悩んでカウンセリングを受けに来た。カウンセラーはとりあえず、今起きている被害の避け方をアドバイスした。また、この女性と同じようなDV被害者が集まる自助グループへの参加も勧めた。このカウンセリングの後で、日常的に起きていたDV行為はひとまず収まった。しかし、カウンセラーはまだ安心はできないことをこの女性に告げた。
それからまもなく、この女性からカウンセラーに、「自分と子どもが夫に殺されるかもしれない!!」という緊急の連絡が入った――。
今回のカウンセリング
こわい! すごくこわいです!! 私も子どもも殺されるかもしれないんです!! |
何か大変なことが起きたようですね。落ち着いて――と言っても難しいかもしれませんが、何が起きて今どうしているか話してもらえますか? |
今日は土曜日で私も夫も休みだったので、子どもを連れて車で郊外のショッピングセンターに行ったんです。その帰り道、高速道路で夫がものすごくこわい運転を始めて…!! 子どもも乗っていて泣き出しているのに…、無茶な運転はやめてと言っても、すごいスピードで無謀な運転を続けて…!! |
あなたとお子さんは、今はどうされていますか? |
家に着いて、夫が買ったものをトランクから運び出している隙に、子どもを連れて逃げ出してきてしまいました。すぐにタクシーを拾って、今は高円寺まで来ているんです。 |
お連れ合いからは逃げてこられたんですね。それで少しは安心できました。 2時間後なら予約の空きがあります。それまでお子さんを見ながら待っていられるようでしたら、相談室にいらっしゃってください。 |
子どもも連れていってよろしいんですよね? ありがとうございます。うかがいます。 |
お待ちしています。あ、それから、お連れ合いから携帯に電話やメールが入るかもしれませんが、応答はしないでくださいね。 |
わかりました。…実はさっきから何度も電話もメールも着信はあるんです。 でも、電話に出たり返信をしたりしていいものか迷っていたんです。アドバイスがいただけて、助かりました。 |
――2時間後、カウンセリングが始まった。 |
先ほど電話で話していた時よりも、だいぶ落ち着かれたようですね。お子さんもキョロキョロはしていますけれど、泣いてはいませんしね。 でも、まずお子さんにもうちょっと安心してもらいましょうか。 |
え? |
別に特別なことをしていただく必要はないんです。ただ、あなたはお子さんを抱っこしながら、一番楽な姿勢で座って、腹式呼吸でできるだけゆっくり深く呼吸を続けていてください。深呼吸は、ご自分の吐く息に注目を向けながらしていてくださいね。 |
――カウンセラーは、数分何も話さずに、子どもの顔を見ながらゆっくりと呼吸をしているだけだった。そのうちに子どもはスッと目を閉じて眠ってしまった。 |
あれ? 寝ちゃった? 先生、何かなさったんですか? |
特別なことはしていませんよ。人間は腹式呼吸で息を吐く時、副交感神経というリラックスに関わる神経が働きやすくなります。あなたがこの深い呼吸を続けていると、脳の共感反応=ミラーニューロンによって、あなたの呼吸に合わせてお子さんの呼吸も整ってきて、お子さんの緊張も取れてきます。それから、私もお子さんとあなたの呼吸に合わせた呼吸をしていましたから、3人の脳の共感が強くなっていって、お子さんが緊張感や父親から受けた恐怖から解放されて眠ってしまったんです。 |
それだけなんですか? 催眠術か何かをかけたのかと思いました。 |
今に限らず、私はカウンセリングをする時には必ず、相談に来られた方の肩の上がり下がりなどを見ながら呼吸を合わせているんです。呼吸合わせをするとミラーニューロンの働きがよくなって、カウンセリングの効果が出やすくなります。そして、来談された方の緊張感も下がってきます。 さて、ではお話をうかがいましょう。 |
はい。――先ほどお話ししたように、ショッピングセンターの帰り道、高速道路でちょっと強引な割り込み走行をされたんです。…すると、夫がチッと舌打ちをして――。あ、夫は車の運転中にイライラしてくると必ず舌打ちをするんです。その後はたいてい無謀な運転を始めるので、今日も舌打ちに気づいてそれだけでこわくなったんです。でも、今日はいつもよりひどくて…。 急にスピードを上げて割り込みした車を追いかけていって、追いつくとパッシングを何度も出したりクラクションを鳴らしたりして…。子どもは泣き出してしまうし、私もすごくこわくなりました。 割り込みした車を追い抜いてからも、高速を降りるまでずっとフルスピードで走り続けて、前の車にパッシングをしてはどんどん無茶な追い抜きをしていくんです。子どもの泣き方はますますひどくなりました。私が、 『スピードを落として!!』 って何度も頼んでも、全然聞いてくれず、 『うるさい!! 子どもを黙らせろ!!』 と大きな声で命令してきました。それでもう、私はどうしていいかわからなくなって…。それからも夫は何度も、 『うるさい!! 子どもを泣かすな!! 黙らせろ!!』 とわめき続けていました。 高速を降りてからは、信号待ちで後部座席の私たちに向かって、 『何度言ったらわかるんだ!! 子どもを黙らせろ!!』 と怒鳴って、自分の飲みかけのペットボトルを投げつけてきました。 …私は、これ以上この人と一緒にいたら、子どもも私もおかしくなってしまうと感じて、後のことなど考えず逃げてきたんです…。 …でも、お金もあまり持っていないし、これからどこに行けばいいかもわかりません…。私、どうしたらいいんでしょう…!? |
とにかく応急処置として、お連れ合いから受けた恐怖感をFAP療法でできるだけ取り除いておきます。あなたやお子さんに今日の出来事がトラウマになって残らないようにします。 それから、2、3日はホテルかどこかに泊まってもらうことになるかもしれませんが、私の方でできるだけ早く、あなたとお子さんが一時避難できるDV被害者のためのシェルターを手配します。 |
私の実家は地方なのですけど、実家に帰るのはどうなんですか? |
彼がストーカーになって、ご実家などに追いかけてくる危険性も考えなくてはいけません。うかつにご実家やお友達のところに身を寄せるというわけにはいかないんですよ。 あなたが高円寺のカウンセリングルームに通っていることは、彼は知りませんよね? |
はい。 |
それから、私の方でDV被害者の支援活動を行っているNPOにも連絡を取っておきます。そこのスタッフに、警察や公的なDV被害・ストーカー対策の相談窓口、法的な相談などに付き添いをしてくれるように頼んでおきます。 |
警察にも行くんですか!? |
危険運転をやめてくれなかったということだけでは、警察は犯罪被害として扱ってはくれないと思います。しかし、彼がストーカー行為を始めた時などに警察にすぐに動いてもらえるよう、届け出はしておいた方がいいですね。それから、彼からあなたの携帯への着信履歴は脅しやつきまとい行為の証拠になる場合もありますから、消去しないでください。 |
メールや留守電メッセージの内容は、『自分も悪かった。話し合いがしたいから、戻ってきてほしい。』というものなんですけれど… |
それをうかつに信じて家に戻ってしまうと、危険な目に遭う可能性もかなりあります。今日は落ち着いて話し合いをしたり、謝罪や反省のことばを口にするかもしれません。土下座まですることもあります。しかし、しばらくはDV行為を抑えていても、そのうちイライラやストレスがたまってきて、またあなたたちに危害を及ぼすような爆発を起こすことが多いのです。 こういう特徴は、DVのサイクルと呼ばれています。暴力→謝罪・反省→しばらくDV行為が収まる→抑えている気持ちが再び暴力となって爆発――というサイクルで起きるのです。被害者は相手が改心してくれたのではないかという期待を一時的に持たされますし、加害者を悪人と決めつけられなくなって混乱します。こうしてどんどんDVが起きている場から逃れにくくなっていきます。『アメとムチ』を使い分けられると、ムチだけ振るわれている時よりも、人間は支配から逃れにくくなってしまうのです。 ですから、今日あなたがとにかくDV加害者から逃れてこられたことは素晴らしいことなのです。これは回復・問題解決への大きな一歩です。それに、あなたはご自分のお子さんを守るという何より大事なことを行えたのです。これも本当に素晴らしいことです。 |
そうなんですか…。でも、私はこれからどうしていけばいんでしょう…。家も出てきてしまったし、仕事も続けられるかどうかわからないですし…。 実家に戻るのも危険だというのなら、これからの生活もできなくなってしまいます…。 |
たしかにDV被害を受けると、加害者から逃れることができても、その後すぐに解決をしなければならない問題がたくさんできてしまいます。 住む場所や生活費の確保、加害者から追跡・ストーカー行為を受けないための住民票の閲覧制限などの手続きや警察への届け出、仕事やお子さんの学校・保育などをどうするか、ご自分とお子さんのDV被害で負ったトラウマの手当て、離婚などの法的手続き…。やらなければいけないことは山積みです。ただ、精神的に、場合によっては身体的にも傷を負っているのですから、とても全てをひとりですぐには処理できません。 まず問題の優先順位をつけて、それぞれの専門的な支援者とよく相談しながら、進めていきましょう。 |
わかりました。…では、まず何をすればいいでしょう? |
まず、あなたとお子さんが今まで彼から感じさせられてきた恐怖やストレスを、FAP療法で今日できる範囲でなくしていきます。ストレスや恐怖が脳に残っていると、それが体にも影響してきて、いろいろやらなければいけないのに体が動かなくなってしまうことがよくありますから。それにお子さんにもトラウマや恐怖感が残っていると夜泣きなどがひどくなって、あなたまで体が消耗してしまうので、そういうことも少なくなるようにしておきます。 |
お願いします。 |
後は、まず生活の確保ですね。住居は、なるべく早く先ほどもお話ししたDV被害者のためのシェルターをご紹介します。当座の生活費はあなたの預金をキャッシュカードでおろしていけば何とかなるでしょう? |
しばらくは何とかなるとは思いますけど…、預金がそんなにたくさんあるわけでもありませんし…、このままでは仕事にも行けるようになるかどうかわかりません…。すごく不安です…。 |
今の心理状態では、なかなか不安を持つなと言っても難しいでしょうが、シェルター暮らしが長引いて仕事に行けなくなっても、何とかなりますよ。 まあ、こういう相談は私より自助グループの仲間のみなさんになさった方がいいかもしれませんね。みなさん、あなたと同じようなDV被害を受けてきた方たちですから、親身になって相談に乗ってくれます。それに、DV被害支援のNPOだけでは手が回らない相談窓口や各種手続きへの同行も、自助グループの仲間に頼めば動いてもらえるかもしれません。 それに何といっても、あなたと同じような被害を受けてきても、今まで生き延びてきて回復してきた方たちです。こうすればうまくいく、苦しい状況も乗り切れるという経験を持っていますから、相談すればよいアドバイスがもらえますよ。 |
…そうですね。自助グループの方たちには、これまでもずいぶん温かいことばをかけていただきました。いろいろ相談してみます。 |
それから、誰かに――できれば男性に付き添いをしてもらうというのが条件ですが、彼が仕事に行ってご自宅に不在のうちに、預金通帳などの貴重品だけは持ち出しておいた方がいいでしょう。 |
――この女性とお子さんは、数日後カウンセラーから紹介された民間のDV被害者シェルターに入居することができた。
DV被害の公的な相談窓口では、身体的な暴力がないという理由で最初は被害認定に消極的だった。しかし、カウンセラーに紹介された精神科医は、彼女をDV被害トラウマが原因でPTSDを発症したと診断し、診断書を書いてくれた。そして、相談窓口に、その診断書を持って再度訪れた。NPOスタッフや自助グループの仲間も付き添って、公的な窓口との話し合いにも参加してくれた。その結果、DV被害が認められ、無料の公的シェルターが空き次第使えることになった。また、夫からのストーカー行為を防ぐため、移動した彼女と子どもの住民票の閲覧制限その他の手続きも進められるようになった。
そのような手続きと並行して、彼女はDV被害トラウマからの回復のために、カウンセリングと自助グループに通い続けた。
しばらくの間、経済的には公的支援と実家からの援助に頼るしかない状態が続いた。しかし、心身の回復が進んで新たな仕事を見つけることができ、シェルターからアパートへの転居や子どもの保育園への入園にもこぎつけることができた。
離婚も彼女のDV被害が全面的に認められる形で成立。慰謝料や養育費の支払いも受けられることになった。
現在は、カウンセリングや精神科への通院も必要がなくなり、定期的に自助グループへの参加を続けて、自分と同じようなDV被害者の回復の手助けになればと、自分の経験を語り続けている。
(「DV・ストーカー被害から逃れるには」おわり)
※来月からは、「処方薬乱用とリストカット~自分を傷つける人たち~」が始まります。
心理相談室サウダージについて
☆心理相談室サウダージは、高円寺庚申通りで「家族問題(虐待、AC、DVなど)、お子様の問題(不登校、ひきこもり、発達障害、成績不振など)、アルコー ル・ギャンブルほかの依存症、摂食障害、職場・友人・恋愛などの人間関係の悩み、トラウマ、自傷行為、生きづらさなどの悩み」といった幅広いご相談を受けています。
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※本記事は「HAPPY!高円寺」連載記事『心理相談室サウダージの人生らくらくカウンセリング』をバックナンバーを含め公開(毎月10日頃更新)したものです。